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釣り場 : 熊本県

Writer : 編集部

Residence : 大分市

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Pride :

水害と小アジに翻弄される夏

2020年 7月 11日 18時頃

7月、毎年この時期は、土用丑の日と関連付けてナマズのネタを取り上げることにしているが、私の地元熊本では水害からこっち、どの川でも全くいい話を聞かない。ウナギ釣りの人たちに聞いても、ウナギが釣れないばかりか、ナマズも掛かって来ないという。エサでも釣れていないのである。ルアーで釣るのは、やや絶望的に思える。じゃあ、何か他に釣れているルアー対象魚はいないかと情報を集めてみると、どうやら、チヌはいけるらしい。そうか、もうトップチニングの時期か。7月30日、長潮。

何とか日程をやりくりして、天草の竜ヶ岳方面へ車を走らせる。ここは、例年この時期にカタクチイワシの群れが湧き、それを目当てにチヌやシーバス、小さいけどシイラなども回遊してくるはず…の場所である。昼前、最初の目的地である大道港に到着。ここでジグでも投げながらペンペンシイラの状況を確認しつつ、チヌの動向を探ろうという魂胆である。なあに、心配などいらない。何しろイワシの大群が寄るのである。高活性の大型魚はそこいらじゅうに見られる…はずである。

しかし、ジグを投げ続けること1時間。イワシの姿は全く見かけない。群れからはぐれたトビウオが1匹、所在無げに堤防際をうろうろするだけで、魚の気配は薄い。どこかにはイワシの群れが居るはずだと水面を凝視すれば、何やら水中に網のベールが掛かったように見える。網?…いや、アミ。即ち動物プランクトンである。これだけのプランクトンが何物にも食われる様子もなく、岸際に漂っている。恐らく、水害時に川から流れ込んだ大量の栄養物を食って繁殖したのだろうが、モノには限度というものがある。内海は貧酸素になっているのだ。

急いで竜ヶ岳を離れ、外海に面した五和町方面へ向かった。急がなければ夕まずめに間に合わないかもしれない。東シナ海に面する通詞島は、橋で渡れる小島である。イルカウオッチングで賑わう時期ではあるが、新型コロナウィルス流行のせいか、今年は静かな夏を迎えている。

午後5時過ぎ、夏の日は西へ傾き、中潮の引きで地磯には良い流れが当たっている。いかにも好条件に思えるが、水面を走るプラグルアーを追うものは居ない。イワシは小さな群れを見かける。しかし、到底期待したような数ではない。遠く梅雨明けの空に浮かぶ入道雲がオレンジ色に染まり、水面を跳ね回る夕日の輝きが収まるまで粘ってみたが、とうとう何もなかった。もう何をやっても釣れる気がしない。

車に乗り込み、幅の狭い海岸道を進むと、堤防の上に猫が1匹、下に犬が1匹、何をするでもなく、ただじっとこちらを見ていた。「もう帰るのか?」と、問いかけている気がして、少し考えてみる。そういえば、サビキで小アジが釣れているのは見かけた。夜まで待てば、アジングのチャンスがあるかもしれない。

日が沈み、辺りが紫色の闇に包まれる頃、港の堤防にポツンと灯がともる。ややあって水面に小さな波紋がいくつも沸き起こり、小アジが明かりに集まり始めた。時折カタクチイワシの群れが針のように細い体を煌めかせながら通過してゆく。これで水潮じゃなければ入れ食い間違いなしの状況だ。

その夜は、予想通り苦戦した。まず、ジグヘッドであるが、1gから始めて各種試したが、0・6g以外の重さでは極端にアタリが遠くなる。ワームも尻尾を2㎜ずつ詰めていき、37㎜ぐらいのところがアピールと食い込みのバランス点だと発見し、やっとプルプルというアタリから、ギューン! と竿先を持っていくヒットに繋げることができた。

灯火に照らされ金色に輝くアジ、そのサイズたるや10cmに届くか届かないか。しかも、なおアタリは遠い。釣れるか釣れないかで言えば、明らかに釣れない釣りである。しかし、面白いか面白くないかで言えば、これはこれで結構面白い。サビキを使えば、わけなく鈴鳴りで掛かってくる魚を、わざわざルアーで釣る。簡単でないところが逆に面白い。時々滑るように泳ぎ回るイカがやってきてアタリが飛ぶが、その時だけジグヘッドをわずかに重くして、アタリを続かせるなどの対応が当たると、してやったりという気分にもなる。堤防際で当たってくるのは、ほとんどネンブツダイやムツの子で、どうやら小アジは陰になる部分を恐れているようだと発見するのも、また楽しい。

その日は遅くまでやったが、アジはわずか8匹。いいでしょう、とりあえずオデコじゃあない。その足で街に繰り出し、行きつけの飲み屋でアジの唐揚げをつまみながら、祝杯を挙げることにした。この日の酒は、水害のあった球磨川上流を思い出しながら、球磨焼酎を開ける。水害に打ちのめされ、水潮に悩み、小アジに翻弄される釣行となったが、終わり良ければ総て良しである。明日は好転しているか? それは、もはや誰にも分からない。しかし、困難の中に小さな楽しみを見つけることができれば、明日も頑張れると思う。水害の根本原因はどうやら贅沢を求めすぎたせいで、気候が極端に変わってしまった事が原因のようだ。疫病の流行は行き過ぎたグローバル化の反動と解釈することもできる。この世界は、全ての人間の要求を満たせるほど大きくはなかったようだぞと、そろそろ皆気づき始めたのではないだろうか?

釣りという趣味もそろそろ変容を迫られているのかもしれない。近くで、小物をちょっと釣る、その中に愉しみを見付けることができれば、まだまだ持続可能なのではないかと思う。

妖怪熊河童・記
その日は遅くまでやったが、アジはわずか8匹。いいでしょう、とりあえずオデコじゃあない。その足で街に繰り出し、行きつけの飲み屋でアジの唐揚げをつまみながら、祝杯を挙げることにした。この日の酒は、水害のあった球磨川上流を思い出しながら、球磨焼酎を開ける。水害に打ちのめされ、水潮に悩み、小アジに翻弄される釣行となったが、終わり良ければ総て良しである。明日は好転しているか? それは、もはや誰にも分からない。しかし、困難の中に小さな楽しみを見つけることができれば、明日も頑張れると思う。水害の根本原因はどうやら贅沢を求めすぎたせいで、気候が極端に変わってしまった事が原因のようだ。疫病の流行は行き過ぎたグローバル化の反動と解釈することもできる。この世界は、全ての人間の要求を満たせるほど大きくはなかったようだぞと、そろそろ皆気づき始めたのではないだろうか?

釣りという趣味もそろそろ変容を迫られているのかもしれない。近くで、小物をちょっと釣る、その中に愉しみを見付けることができれば、まだまだ持続可能なのではないかと思う。

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